暑い日が続き、外出の際はもちろんのこと家の中でゆっくり過ごす折にも熱中症の予防が大切になってきました。特に高齢の親世代は体内の水分量も少なく、より一層の注意が必要です。熱中症の対策をしてねという声掛けだけではなく、日頃のコミュニケーションの一つとしてもできることがないか考えてみませんか。
とりたてて用事がなければ実家には連絡もしない。そのうちにだんだん疎遠になってきてしまった。そんな方も多いのではないでしょうか。夏の暑さをきっかけにご両親に連絡をとってみてはいかがでしょう。「昨日は暑かったね」「夜はちゃんと寝られている?」など、ちょっとした気遣いを含めればご両親との会話のきっかけになるかもしれません。
お近くに住んでいる場合は、「暑いから買い物に行くなら車を出そうか?」といった声かけもいいかもしれませんね。
ー A子さんのお父様は、山形県で一人暮らしをしています。定年後のお楽しみは庭の手入れや、近くのサクランボ農家のお手伝いなど。充実したセカンドライフを送っているようなのでA子さんも安心し、次第に連絡を取ることも少なくなっていました。
しかし夏場も外で作業すると聞き、熱中症が気になるようになったA子さん。こまめに連絡を取りたいと思っても、忙しく働くA子さんとお父様のライフスタイルとでは電話をするタイミングも合いません。連絡ツールとして役立っているのはLINEですが、お父様はいちいち文字を打ち込むのは面倒なのか、返事が戻ってこないため却って不安が募ります。
「水飲んでる?」「1時間に1度は休んでね」そんなこまめな呼びかけに、簡単にお父様が返事をできるよう、A子さんがお父様にプレゼントしたのは「父、了解!」というかわいらしいスタンプでした。今、A子さんのLINEのお父様との会話の画面には「父、了解!」のスタンプが連なっています。
「ついつい夢中になって作業をしているときに、私からのLINEが届けば『そうだ、水を飲もう』 『休まなければ』とハッと気づくこともあるかと思うんです。父も私からの連絡はうれしいのではないでしょうか。最近では返事も早めに戻ってくるし、時々文字も打ってくれるんですよ」と笑顔で語るA子さんです。
暑い日々が続くと、ご両親がどうしているか気になりますね。遠ければ電話やLINEで様子を伺うしかありませんが、可能であればちょっとしたお土産を持ってご両親の元を訪れてみてはいかがでしょうか。「ああ、暑い暑い」といって、エアコンをそっとつけたり「一緒に食べましょう」と、スイカなど水分の多い食べ物を持っていき、後でも食べられるよう少し冷蔵庫に残して置いたり。
とはいえ、大切なのは継続してもらうこと。冷房が強すぎて身体の芯から冷えてしまうと「やっぱりエアコンはイヤ」となってしまうでしょう。最近のエアコンは温度設定をきちんとすれば冷えすぎないことを一緒に確認して、快適に過ごす経験を一緒にするといいかもしれませんね。
ー Oさんのお母様は昔からエアコンもよく使っていたので、家の中にいる限り熱中症対策は大丈夫だろうと安心していたOさんです。ところがある夏の日、実家に立ち寄ってみると、エアコンはスイッチオフになっていました。お母様に聞いてみると「昨日よりだいぶ涼しかったから今日は我慢して消しておいたのよ」とのこと。
確かに前日の酷暑より温度は低かったのですが、それでもその日の室内温度は30度を超えていたのです。Oさんは慌ててエアコンのスイッチをつけ、すぐに部屋の中にはさわやかな風が吹き渡りました。
「思っていた以上に暑かったのね」とお母様。実はその日、お母様は朝からだるくて何もやる気がしないと感じていたそう。エアコンをつけたことで体調がもどったので御自身でも驚かれたとのこと。すでに軽い熱中症となっていたのかもしれませんね。 Oさんの持ってきた果物とジュースで喉を潤し、すっかり元気になったお母様。「こんな日にも熱中症になるのね、これから気をつけなくちゃ。来てくれてよかったわ」とはずんだ声で言ってくれたそうです。
ー Bさんの義理のお父様は、都心で一人暮らしをしています。Bさんの家から車で片道1時間ほどかかるため、子育てと仕事を両立しているBさん夫婦にとってしょっちゅう行ける距離ではありません。Bさんは夫と連携をしつつ、行くときには少し時間に余裕のある日を選び、おかずを何品も手作りをし、何日か食べられるように万全の準備をしていくのが常でした。
熱帯夜が何日も続いたある日、何度かお義父様に電話をしても出ないので急に不安になったBさん。夫はあいにく出張中です。そのためBさんが予定を変更してお義父様の元を訪ねてみることにしました。仕事と仕事の合間を縫っていくため、作り置きのおかずを作る時間も、途中で買い物に寄る時間もありません。あわてて昨日の残りのおかずのかぼちゃの煮物を3切れだけ保存容器に詰めて、お義父様の元へ急ぎました。
合鍵を使ってそっと家に入ると、リビングでテレビが大きな音量で何かをしゃべり、お義父様はソファにぽつねんと座っていました。お義父様はBさんに気づくと、いつものように「やあ。来てくれたのかい」と右手を挙げ「見ていたわけじゃないから」と言ってテレビのスイッチを消しました。
Bさんはホッとし「今日は、こんな残り物しかなくてごめんなさい」といって、かぼちゃの煮物を出すと、お父様はポツンと「こういうのがいちばんうれしいんだよ」とBさんに言うともなく、つぶやくように言ったそうです。
Bさんはハッと胸をつかれ、これからは何品もおかずを作ることよりも回数を多くお義父様の様子を見に訪れようと思ったということです。
「電話に出ないから心配したんですよ」と話しかけてみると、お義父様は電話に出るのすらおっくうになっていたとのこと。電話に出ないのも「来てほしい」「体がしんどい」というひとつのサインかもしれませんね。
おしゃれなご両親には、日傘や帽子、ちょっとした予防アイテムをお揃いで買ってみてはいかがでしょうか。アイテムを見るたびにお互いのことをふと思い出す機会にもなり、使う機会も増えるかもしれません。一緒にお買い物をする楽しみにもなりますね。
ー Kさんのお母様は自立心が強く、子どもの言うことを素直には聞かないタイプです。「熱中症には気をつけてね」というKさんの言葉は右の耳から左の耳へ素通りをしている印象を受けたKさん。お母様がおしゃれで新しもの好きなことを思い出し、そろそろ梅雨も明けそうなある日、デパートでの買い物に連れ出しました。街の中で待ち合わせたお母様が意外に細く小さくなっていることに気づいたというKさん、「当たり前ですが、確実に母は年をとっているんだなと実感しました」。
そんなKさんの思いとは裏腹に、デパートでは色とりどりの日傘や帽子、ネッククーラーに冷タオル、首掛け扇風機に冷感ポンチョと様々なアイテムに目を輝かせるお母様は、「今はいろいろ。まあ、こんなものまであるのねえ」と目を丸くして興味津々です。
「日傘は、地味なモノしかないと思っていたのだけれどこんなデザインもあるわ」と手に取ったのは、花の模様のついた愛らしい日傘でした。「色違いで同じ物を買っちゃおうか」とKさんが提案すると、「お揃いだなんてゴメンだわ」とお母様が言うかと思いきや意外にも「いいわね」とにっこり。
後日、「どうだった?使ってみた?」と電話をすると「軽くてよかったけれど、たたむときに少し力が要るわね」というお母様。難なくたためたKさんは、そこにもお母様の老いを感じます。とはいうものの「私はピンクを買ってしまったので、服を合わせるのに苦労しちゃった」と元気に話は尽きません。次は、日傘に合う服を買おうと相談をしつつ、お母様は「ネッククーラーって涼しいのかしら」とほかのアイテムも気になっているようでした。
「勝手に選んで買ってあげるのではなく、いろいろなアイテムがたくさんあるところに母を連れていき、自分で選ばせたのがよかったのか、とても喜んでくれました。また気の強かった母の老いを感じることもできました」とKさん。熱中症対策もでき、親子のコミュニケーションも図れたようですね。
暑い日が続くと、どうしても家の中にこもりがちとなってしまいます。涼しい地域を選び、夏の暑さ疲れをいやす旅にご両親を誘って出かけてみてはいかがでしょう。避暑地のホテルでゆっくりと過ごしたり、高原や鍾乳洞や渓谷といった涼しい場所に行くのもいいですね。また、遠出をしなくても駅直結の映画館やレストランなどに出かけても1日涼しく過ごせ、気分転換にもなります。親子の対話の時間もできれば一石三鳥と言えそうです。
じっとりとした暑さが続くある日。「もう3日も家から出ていないの」。お母様からそんなLINEがYさんに届きました。一歩外に出ると肌にはりつくような湿気となんとも言えない熱気にお母様は参っており、電話で話してみたところ、あまり食欲もない様子です。
それまで「暑いからあまり外には出ない方がいいよ」と言っていたYさんですが、あまりにも滅入っている様子のお母様が気になり、駅直結の映画館を探してお母様を映画に誘うことにしました。選んだ作品は90歳を過ぎてなお意気軒高な作家のエッセイを映画化したものです。以前、お母様はそのエッセイを愛読し、高齢者特有の失敗や落ち込みもありつつ、若者を痛烈にやりこめる様子に共感をしていました。
大いに笑い、観終わった後は、いつも丸いお母様の背中も心なしかすっきりと伸びて気持ちもしゃっきりとしたよう。涼しい地下街を歩き、その後は食事を楽しみます。「そんなに食べられないわ」と言いつつ、いつの間にかカレーを完食し「こんなに食べたのは久しぶりよ」と見違えるほど楽しそうになったお母様を見て、ほっと安どのため息をつくYさんでした。
「実は、時間をかけて話すうちに、母が弱気になっていた原因が暑さだけではないことがわかったんです。長年仲良くしていたお友達が亡くなって、落ち込んでいたようでした。少しは気分転換ができて良かったと思いますが…」とYさん。
熱中症対策として誘った結果、元気のない本当の理由がわかったYさん。これもいつもお母様のことを気にかけ、大切に想っていたからこそと言えますね。
次に見る映画は何がいいだろうか、それとも少し遠くまで足を伸ばしてみようか。Yさんはお母様の身体に負担のないよう、なるべくお母様に寄り添う時間を増やすプランをたてているそうです。
■まとめ
突き抜けるような青空、アスファルトの照り返しもきつい酷暑の日。雲が広がり、それほど暑くもないかと思ってもまるでサウナに入ったかようにねっとりと蒸し暑い日。夕方からピタリと風がやみ、暑苦しい熱帯夜。そんな日が続くと私たちも心身ともに疲れてしまいます。高齢のご両親であればなおのこと。まずは「熱中症対策をしないとダメ」との声掛けから始めてみませんか。
元気そうに見えるお母様も、実は寂しく思っているかもしれません。無口なお父様は、もっと話したいと思っているかもしれません。もう一歩、もう一言、ご両親に近づいてみるときっと本音が見えてくるでしょう。
熱中症予防をきっかけにして、親子のコミュニケーションを図ってみる。そこに今よりほんの少しの思いやりと行動力をプラスしてみてはいかがでしょうか。ご両親に、いつまでも健康で楽しい人生を送ってもらうために。
(文:宗像陽子)