「お墓の引越し(改葬)」―かつては珍しかったその選択が、いま静かに広がりを見せています。高齢化の影響からか、遠方にある先祖代々のお墓を自分の住む土地に移すという決断をする人が増えており、その数は令和5年度(2023年度)の統計で166,886件(*1)にも上っています。背景には、交通手段の確保が難しくなる高齢期の不安や、「もっと頻繁に会いに行きたい」という素直な思いが隠れているのかもしれません。
ここで、「お墓の引越し」について理解を深めていただくために、実家や故郷にあるお墓の今後を考える際の選択肢について補足いたします。お墓を移動する場合、大きく分けて2つの方法があります。一つは「遺骨(のみ)の引越し」。これは墓じまいをした後(*2)、お骨を新しい場所で供養する方法です。新規でお墓を建てたり、樹木葬や納骨堂、永代供養墓などに移したりします。もう一つが「お墓の引越し」。これは墓じまいの後に、墓石をそのまま移設する方法です。いずれも、より身近な場所で先祖供養を続けたいという方に選ばれています。
「お墓の引越し」という選択肢は、実際に経験された方でなければ分からない不安や戸惑いも多いのではないでしょうか。今回は、「お墓の引越し」を実際に経験された三本さんにお話を伺うことができました。三本さんが高知県から大阪府と「お墓の引越し」を決断されたのは9年前のこと。当時は「お墓の引越し」という選択が今ほど一般的ではなく、その取り組みは地元大阪のテレビ番組でも取り上げられました。
「年々、高知までの往復が大変になってきて。お墓参りも年に1回が精一杯でした」と三本さんは当時を振り返ります。30年前にお父様が亡くなり、お母様と妹さんが二人でお墓を守ってきました。そのお母様も12年前に亡くなり、「長男として両親のお墓をきちんと守っていきたい」という思いが芽生え、引越しを決意したといいます。
しかし、家族や親戚からの理解を得たものの、すぐに大きな壁にぶつかります。「お墓の引越しなんて、素人には全くわかりません。役所での手続が必要だろうけど実際に何をすればよいのか、墓石をどうやって運ぶのか、新しい墓地をどうするのか、そもそも何から始めていいのかもわかりませんでした」。そんな不安を抱えていた三本さんは、とある石材店に相談してみることにしました。
「まずは現地を見せてください」。石材店からの提案で、高知のお墓の調査が行われることになりました。三本さんの故郷のお墓は高く立派な造りでした。都会の霊園では、墓石の高さに制限が設けられているところも多く、同じような大きさのお墓を建てることは簡単ではありません。しかし石材店は「高さのあるお墓を受け入れられる霊園を知っています」と三本さんに提案します。そして飯盛霊園との出会いが実現。高さの制限がないため、故郷のお墓をそのまま受け入れることができ、この大きな課題も解決への道筋が見えてきました。
お墓の引越しにあたって、まず石材店から様々な提案がありました。「せっかくの機会ですから」と、地震から守る免震加工や石材の洗浄、新しい霊標(戒名を刻むための石板。「墓誌」「戒名板」などとも呼ぶ)の設置なども検討することになりました。高知でお墓を解体し、工事のため一度工場へと運びました。約2ヶ月の工期を経て、お墓は新しい場所で、より安全な姿に生まれ変わりました。また、移設期間中のご先祖様への供養をどうすればよいか不安でしたが、これも石材店からアドバイスをもらうことができ、その心配も解消することができました。
いま三本さんのお墓参りは、大きく変わりました。引越し先の霊園は大阪市や奈良市からも自動車で約30分の立地で、三本さんのご自宅からは車でわずか10分、混んでも15分の距離です。京阪電車からバスも出ており、気が向いたら立ち寄れる交通の便が良い場所です。「お墓が近くなって、親父や母さんに対する親近感がずっと強くなりましたね」と三本さんは微笑みます。
近くに住む長男も時々一緒にお参りに来るようになりました。「高知は私たち親の故郷ですが、子どもたちにとっては遠い場所。でも今は彼らの生活圏内にお墓があります。将来的にも、きっと大丈夫」。息子さんやお孫さんといった次世代への継承という面でも、確かな手応えを感じているようです。
この9年間を振り返り、三本さんは「本当に引越しして良かった」と実感されています。特にここ3年はコロナ禍の影響で高知への往来も難しい状況が続いています。「もし今もお墓が高知にあったら、ご先祖様にお参りすることさえままならなかったと思います。あの時の決断は正しかった」。
月に一度以上のお墓参り。それは今、自然な親孝行となって三本さんの暮らしに根付いています。お墓が近くなり、想いが更に強くなった。そしてその想いは次の世代へと、より確かに受け継がれていく。そんな静かな幸せを楽しんでいらっしゃるご様子が、三本さんの穏やかな表情に映し出されていました。
三本さんのお話から、お墓の引越しの具体的な流れが見えてきました。お墓の引越しを検討されている方のために、実際の工程を補足としてまとめました。
三本さんのケースでは、最初の相談から実際の引越しまで期間は約1年。まず石材店への相談から始まり、現地調査、お墓の移設費用の見積もり、新しい墓地の選定へと進みました。特に大きな課題となった、高知の高さのある墓石を受け入れられる墓地探しは、お墓事情に詳しい専門家だからこそ実現できた部分でした。
工事期間は約2ヶ月。この間、大切なご先祖様のお骨は近隣の一時預かり施設で預かっていただけました。お墓は単に移設されただけでなく、免震構造への改修や石材の洗浄、戒名板の設置など、新しい場所にふさわしい姿へと生まれ変わりました。
お墓の引越しでは、元のお墓がある場所での役所への手続きと、引越し先になる墓地や霊園での手続きが必要となります。「高知の役所での手続きは、どんな書類が必要で、どこに提出すべきかも分からず、素人では何度も高知まで足を運ぶことになったと思います」と、三本さんは教えてくださいました。また、飯盛霊園での手続きも必要でしたが、「石材店が間に入ってくれたおかげで手続きだけでなく、墓地を区切り隣との境界線を明確にする巻石の設置まで一貫してスムーズに進めることができました」と三本さん。地域によって異なる墓地の形状や構造の違いなどへの対応なども含め、様々な課題を専門家である石材店と一つ一つ解決していきました。
「お墓の引越しは素人では本当に分からないことばかり。でも、きちんと相談できる専門家と出会えれば、一つ一つ解決していけます」。遠方のお墓の将来を考えている方へ、三本さんはそっと語りかけるように、そう締めくくってくださいました。
「お墓の引越し」という、増えてきた新しい親孝行の形。このまとめが皆様の参考になれば幸いです。
(*1) 「令和5年度衛生行政報告例」厚生労働省
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&query=%E6%94%B9%E8%91%AC&layout=dataset&stat_infid=000040217221
(*2) 墓じまいをせず、遺骨の一部を取り出して別の場所で供養するケースもあります(分骨)
文章:戸田敏治