「終活」という言葉がすっかり定着し、自らの人生の終え方を主体的に考える方が増えました。エンディングノートを綴ったり、お葬式の希望を家族に伝えたり。そんな中で、「自分への最後の贈り物」として、ご自身の戒名を考えてみたい、という声を聞くことが増えています。
故人の人生や価値観を最もよく知る自分自身やご家族が、仏の世界での名前となる戒名を考える。とても素敵なことのように思えます。しかし、そもそも戒名を自分で考えるなんて、許されるのでしょうか?
結論から言えば、ご自身で戒名を考えることは、決して伝統を軽んじることにはならないようです。むしろ、仏様の教えと深く向き合い、自分らしい人生の証を残すための立派な営みとなります。この記事では、ご自身で戒名を考える際に知っておきたい基本のルールと、心構えについてご紹介していこうと思います。
多くの方が「亡くなった後につけられる名前」というイメージをお持ちかもしれませんが、戒名の本来の意味は少し違います。戒名とは、その名の通り「戒(かい)」を授かり、仏様の弟子(仏弟子)になった証として与えられる名前のことです。俗世での名前である俗名から離れ、仏の道に入ったことを象徴する、聖なる名前です。
もともとは、出家したお坊さんなどが生前に授かるものでした。しかし、江戸時代に檀家制度(寺請制度)が確立し、人々が特定の寺院に所属することが義務付けられると、亡くなった後に一般の方へも戒名を授ける習慣が広まってきたようです。
現代において戒名は、故人の魂が宿る依り代とされる位牌(いはい)やお墓に刻まれ、ご供養の中心的な役割を果たします。残されたご家族は、その名を唱えることで故人を偲び、安らかな眠りを祈ります。
位牌に書かれた「〇〇院△△□□居士」といった長い文字列。これらすべてが戒名ではありません。実は、本来の戒名はその中核をなす2文字(この例では「□□」)のみを指します。全体はいくつかのパーツが組み合わさってできており、それぞれに意味があります。
■院号(いんごう):戒名の最上部に置かれる称号。「〇〇院」の部分です。もともとは天皇や貴族が使っていたもので、現代では社会やお寺に大きく貢献した方に与えられます。
■道号(どうごう):故人の人柄や性格、趣味、お仕事などを表す部分。「△△」にあたります。子どもには付けられません。
■戒名(かいみょう):仏の世界での正式な名前となる中心の2文字。「□□」の部分です。生前の名前から一字取ることが多いです。
■位号(いごう):最後に付き、性別や年齢、信仰の深さを示す称号。「居士」の部分です。この位号によって、いわゆる戒名の「ランク」が決まります。

生前に準備して授けられた戒名を「生前戒名(せいぜんかいみょう)」と言います。これは、以下の理由により、残りの人生を穏やかに過ごすための心の支えとなり、そして何より、残されるご家族への深い思いやりにも繋がります。
○自分らしい名前を残せる
人生を振り返り、大切にしてきた価値観や信念、愛した趣味などを名前に込めることができます。それは、他ならぬ自分の生きた証そのものとなるでしょう。
○ご遺族の負担を軽くできる
大切な人を亡くした直後、ご遺族は深い悲しみの中でお葬式の準備に追われます。もしご遺族で故人にふさわしい戒名をつけたいと考えている場合、その限られた時間で準備を進めるのは精神的に大きな負担となり得ます。生前に準備しておくことで、こうした負担を大きく減らすことができます。
では、実際にどのような文字を選べばよいのでしょうか。そこには、いくつかのルールとコツがあります。
○自分の人生を漢字にしてみる
まずは、ご自身の人生を振り返ることから始めましょう。優しい人柄なら「優」「慈」、音楽が好きなら「音」「樂」、教える仕事なら「英」「雲」など、人柄や趣味、職業を象徴する漢字を探してみます。
○使ってはいけない漢字のルール
戒名には、その尊厳を保つため古くからのルールが存在します。いくつか紹介します。
・「死」「病」「狂」「争」といった、不吉な意味を持つ文字は使えません。
・意外なことに、「祝」や「笑」のようなお祝い事を連想させる明るすぎる文字も、戒名の荘厳な雰囲気にはふさわしくないとされています。
・ 天皇や、各宗派の開祖の名前(日蓮、道元など)は使えません。
・「犬」や「猫」など、ほとんどの動物を表す文字は避けます。ただし、「龍」や「鶴」「亀」といった縁起の良い動物は例外です。
○宗派による決定的な違いを知る
ご自身で戒名を考える上で最も大切なポイントです。戒名の形は、宗派の教えそのものを反映しているため、ルールが全く異なります。ご自身の宗派の形式を間違えると、全く意味のないものになってしまうので注意しましょう。
■浄土真宗は「法名(ほうみょう)」
浄土真宗では戒名とは言わず、「法名」と呼びます。阿弥陀如来の救いの前では全ての人が平等という教えから、ランクを示す「位号」がありません。そして、お釈迦様の弟子であることを示す「釋(釈)」の字を必ず入れます。
■日蓮宗は「法号(ほうごう)」
日蓮宗では「法号」と呼び、宗祖・日蓮を表す「日」の字を入れるのが特徴です。
■真言宗は最初に「梵字(ぼんじ)」
戒名の最初に、大日如来を表す梵字「ア」を記します。
■浄土宗は「誉(よ)」の字
念仏の教えを受けた証として、道号と戒名の間に「誉」の字を入れることがあります。
■禅宗(曹洞宗・臨済宗)など
これらは「院号+道号+戒名+位号」という標準的な構成です。

ここまで、ご自身で戒名を考える方法を見てきましたが、最後の、そして最も重要なステップが、菩提寺(ぼだいじ)のお坊さんへの相談です。
自分で考えた戒名は、あくまで「案」です。それが正式な戒名として魂を宿すためには、お坊さんによって授与される儀式が必要不可欠です。お坊さんは、その案が教えや伝統に照らして適切かを確認し、名前を完成させてくださいます。
もし、この相談を怠ってしまうと、深刻なトラブルに発展することがあります。最も重いケースでは、菩提寺のお墓への納骨を拒否されてしまうこともあります。戒名は、そのお寺のコミュニティに属するための一種の「パスポート」のようなもの存在です。ルールを無視して作られた戒名では受け入れてもらえない可能性があります。
相談する際は、「このように考えてみたのですが、いかがでしょうか」と、あくまで謙虚な姿勢でご意見を伺うことが大切です。
自分で戒名を考える旅は、自分の人生を深く見つめ直すことから始まります。それは、ご家族への負担を軽くする具体的な思いやりであり、仏様の教えに触れる貴重な機会ともなります。
そして、その旅は、菩提寺のお坊さんとの対話によって完成します。もし菩提寺がない場合は、まず入るお墓が寺院の墓地であれば、そのお寺に相談するのが第一です。公営や民営の霊園であれば管理事務所がお寺を紹介してくれることもあります。葬儀をお願いする葬儀社に相談して僧侶を紹介してもらうのも一つの方法です。さらに、近年ではインターネット上の僧侶派遣サービスを利用する方法もあり、こうしたサイトではサービスの一環として戒名の授与を受け付けていることがあります。
故人も、見送る人も、そしてご縁のあるお寺も、皆が心から納得できる名前を共創すること。それこそが、戒名を考える上で最も大切なことではないでしょうか。ご自身の人生が凝縮された、世界でたった一つの名前。それは、あなたからあなた自身へ、そして愛する人たちへ贈る、永遠に残る最高の贈り物になるはずです。
文/戸田敏治