親が長年大切にしてきた趣味やコレクションには、その人らしさや人生が詰まっています。実家に残されたカメラ、手仕事の作品、釣り道具、楽器、趣味の品々——それらは単なる「モノ」ではなく、親が何を楽しみ、どんな時間を過ごしてきたのかを静かに物語っています。
一方で、「興味はあるけれど、どう関わればいいかわからない」「いつか向き合わなければと思いながら、後回しにしている」。そんな気持ちを抱いている方も多いのではないでしょうか。
親が健在のうちに向き合う場合も、亡くなったあとに向き合う場合も、趣味やコレクションを“引き継ぐ”という行為は、親の人生に敬意を払い、想いを受け止める大切な親孝行のひとつともいえます。
今回は、親の趣味やコレクションを引き継いだ方々のエピソードを通して、今からでも始められる、新しい親孝行のかたちをご紹介します。
■エピソード1
父の釣り道具を親子三代でつなぐM.Wさん(50歳)
私の父は会社員で、趣味は海釣りでした。連休や夏休みには、都内からアクセスが良く、季節によってさまざまな魚が釣れる千葉の海へ出かけていましたね。私も小学生のころ、父に高洲海浜公園や勝山漁港へ連れて行ってもらった記憶があります。中高生になると、年に1回と回数は減りましたが、父と釣りに出かけていました。
高校生のとき、父に「釣りの何が楽しいのか?」と尋ねたら、「海風を感じながら、波の様子や魚の動きを見るのが楽しい」「釣れるかどうかは分からないけれど、静かに待つこの時間が最高なんだ」と言っていました。当時の私は、「父の趣味に付き合うのも親孝行になる」と考えていましたが、実は、「魚を待っている時間がもったいない」と思っていたんです。大学生になってからはアルバイト、サークル、資格試験の勉強などで忙しくなり、父と釣りに行く時間は無くなりました。
大学卒業後、就職して1人暮らしを始めると、帰省は盆暮れ正月のみに……。でも、両親の誕生日にはメッセージ、出張したらお土産を送るなど、自分なりに感謝の気持ちを伝えてきたつもりです。
それからしばらくして、私が45歳のときに父が他界。生前、自宅療養中の父を見舞った際、「昔はよく釣りに行ったなぁ。お前も忙しくて何よりだけれど、また一緒に行けたらいいなと思って道具を手入れしている」と言われました。「病気が良くなったら行こうね」と答えましたが、結局、その約束はかないませんでした。
最近では、高校生になった息子と釣りに出かけています。もちろん父から受け継いだ釣り道具を使って。静かに魚を待つ間、息子と父から教わった釣りのコツや魚の話、日常の他愛もない話をするのがとても楽しく、うれしく思います。
昔は、「釣りは時間がもったいない」と思っていましたが、今では、父が「魚を待つこの時間が最高」と言っていた意味が分かった気がします。 自分では「十分、親孝行していた」と胸を張って言えませんが、父が好きだったことを息子である私が受け継ぎ、孫へとつなげていく――。息子から父のことを聞かれたり、思い出話をしたりするのも供養の一環になっているのではないかと思います。こんな親孝行の形もありですよね。
■エピソード2
父のレコードを受け継いだI.Rさん(47歳)

私の父は、若い頃から音楽が好きで、実家のリビングにはたくさんのレコードが並んでいました。休日になると、父はお気に入りのジャズやクラシック、ビートルズのレコードをかけて、ゆったりとした時間を過ごしていました。子どもの頃の私は、父の趣味にあまり興味がなく、レコードの音も「なんとなく古くさい」と感じていました。
時が経ち、父が亡くなったあと、実家の整理をしていると、棚いっぱいのレコードが目に留まりました。最初は「重いし、場所も取るし、どうしよう」と思いましたが、その1枚1枚を手に取ってみると、父がどんな音楽を好んでいたのか、どんな時代を生きてきたのかが伝わってきました。レコードジャケットの裏に小さく書かれた父のメモや、針の跡が残るレコード盤に、父の人生の一部が刻まれているように感じられました。
思い切って、自宅に父のレコードプレーヤーを持ち帰り、久しぶりにレコードをかけてみました。針を落とすと、古くさいと思っていたはずの音が温かく感じられたんです。同時に、父と過ごした昔の休日の記憶がよみがえってきました。今では、週末に父のレコードを聴きながら、父がどんな気持ちでこの音楽を楽しんでいたのか想像するのが、私の新しい楽しみになっています。 父の遺したレコードは、単なる「モノ」ではなく、父の人生や想いを感じさせてくれる大切な宝物。これからも、父のレコードとともに、音楽のある時間を大切にしていきたいです。
■エピソード3
高齢になった父と趣味のカメラを楽しむN.Kさん(43歳)

今年80歳になる私の父は、写真を撮るのが趣味。家族旅行はもちろん、日常の何気ない瞬間も、父はいつもカメラを手にして、私たち家族の笑顔や風景をフィルムに収めていました。子どもの頃は、父が夢中になってシャッターを切る姿を見て、「楽しそうだなぁ」と思っていました。
父の定年退職後、実家を訪ねると、父がカメラの手入れをしていました。「終活も考えなければいけない年齢になったし、そろそろこのカメラを手放そうかと思って」と話していました。「お父さん、写真好きなのになぁ……」と、私は残念に思いました。その後、自宅に帰ってから、なんとか父に趣味を続けてほしいと考え、一緒にやってみることにしたんです。
最初は「使い方もよく分からないし、私には難しいかも」と思いましたが、父が丁寧に教えてくれました。なかなかうまく撮れなかったのですが、何度もシャッターを切るうちに、父が「光の加減や構図を考えるのが楽しい」と言っていた意味が少しずつ分かるようになりました。父が見ていた景色や感じていた気持ちを、写真を通じて少しでも共有できている気がします。
休日にはカメラを持って父と散歩に出かけ、季節の花や家族の笑顔を撮るのが私の新しい趣味になりました。時には息子や娘を連れていき、父と一緒に撮影。カメラを私が引き継いだこと、家族写真が増えたことで、父もうれしそうです。親の趣味を引き継いだり、一緒に楽しんだりすることも親孝行になるのかなと思っています。
「親の趣味やコレクションを引き継ぐ」と聞くと、責任や負担を感じてしまう方もいるかもしれません。けれども、同じことを極める必要も、すべてを守り続ける必要もありません。
少し話を聞いてみる。一度使ってみる。誰かに譲る行き先を一緒に考える――。
そんな小さな関わりの中で、「思っていたより楽しい」「自分にも合っているかもしれない」
そう感じる瞬間が生まれることもあります。親の想いに触れながら、自分自身の時間も楽しめる。
無理をせず、自分のペースで続けられることこそ、親孝行や供養を長く、あたたかく続けていく秘訣なのかもしれません。親が健在のうちでも、亡くなったあとでも。
趣味やコレクションを通じて親を思い出し、その時間を自分自身も味わいながら過ごすこと。それは、親の人生に敬意を払いながら、自分の人生も豊かにしていく、これからの時代の、やさしい親孝行のかたちではないでしょうか。遺されたコレクションや作品を通じて親の人生に想いを馳せることは、自分も楽しみながら供養できるでしょう。