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その先の親孝行2025.06.09供養のアイデア Vol.3|思い出の味を供養に変えて

子どものころ、よく親にリクエストしたあの料理。帰省時に祖父母の家に行くと必ず出てきたあの味。思い出すだけで胸の奥がキュンとしますね。

作ってみても、どうしてもあの時の味にならなかったり、逆に料理の香りだけでグッときてしまったり。その時に思い浮かぶのはやはり、亡くなった方の顔、そして思い出です。思い出にまつわる味を再現し、故人の愛情を再確認するとともに、供養につなげてみませんか。(文中の名前はすべて仮名です)

「もう少し」のアドバイスが今でも蘇る。「ポテトサラダ」

彩乃さんのお母さまが癌で闘病を続けていたころ、彩乃さんはお母さまが食べられそうなものを作っては病室に届けていました。煮物やクリーム煮など、よくお母さまが作ってくれたものを作って持っていくと、「おいしいわね」と一口でも食べてくれるのがうれしかったそうです。ある時、お母さまが良く作ってくれていた家族の人気メニュー、ポテトサラダを持っていくと、一口食べたお母さまは「もう少しマヨネーズっぽくてもいいわね」とアドバイスをしてくれました。

「私、どうしてもマヨネーズの量を控えてしまうのが癖なんです。それからは『これでよし』と思ってから、母に言われた通り、もう少し入れるようにしています。そうすると一段とおいしくなるんです」。

お母さまはその後半年余りの闘病の末、亡くなりましたが、綾乃さんは今でもポテトサラダを作り続けています。夫や子どもたちが綾乃さんの作るポテトサラダが大好きだからです。

「『これでよし』と思ってから、必ず母の『もう少しマヨネーズっぽくてもいい』という言葉が聞こえてくるので、それから大さじ2ほど入れるんです。だから私のポテトサラダはおいしいんですよ」と綾乃さんはニッコリ。ポテトサラダを作るたびにお母さまと会話をしているような気持ちになるという綾乃さんです。

父を泣かせた祖母の味「豆腐椀」

真紀さんのお父さまは、九州熊本地方の出身です。真紀さんのおばあさまにあたる章子さんの作っていた食事が、いわばお父さまにとっての「おふくろの味」。中でもお父さまが大好きだったのが「豆腐椀」という料理です。豚のバラ肉を細かく切ってたっぷりの生姜醤油につけておきます。濃いめに出汁を取ったすまし汁に大根、ニンジン、ゴボウの短冊切りと豆腐を入れて、バラ肉と共に煮ます。生姜の香りが効いたすまし汁ですが、あまり一般的な料理ではないのか、真紀さんは家の外では食べたことはありません。

真紀さんのお母さまも結婚してから章子さんに教わり、少しずつ根菜が残ってしまったときなど、よく作っていたそうです。

お母さまもすでに亡く、長く豆腐椀が食卓に上がることはありませんでした。「母のようにおいしく作れる自信がなかったのです。」

そんなある日、真紀さんはささいなことからお父さまと喧嘩になり、気まずい空気になってしまいました。謝りたくてもうまく謝れず、真紀さんはふと思い立って丁寧な気持ちで豆腐椀を作って、食卓に出してみました。

「父は、豆腐椀だとわかると『ありがとう』と言って声も出さずに泣いたんです。本当に驚きました。父にとってはおふくろの味でもあり、妻の味でもあり、長らく食べていなかった好物の味だったのでうれしかったのでしょう。」

喧嘩が一瞬で解消したのは言うまでもありません。「喧嘩をしていた私たちを、祖母や母が見るに見かねて手伝ってくれたのかなと思っています。」と少し恥ずかしそうに真紀さんは話してくれました。

父が休日のランチに作ってくれた「あんかけラーメン」

早紀さんが子どものころのこと。休日のお昼ごはんというと、お父さまがインスタントの塩ラーメンをアレンジしたあんかけラーメンをよく作ってくれていました。とろみをつけた肉野菜炒めというシンプルなものでしたが、早紀さん兄妹にとっては休みの日の特別なメニューで、休日前になるとよくリクエストしたものでした。

お彼岸で兄妹と実家に集合し、お昼になった際に「あれ、作ってみない?」という話になり、お互いの記憶の中からあんかけ塩ラーメンのレシピを引っ張り出して作ってみました。

キッチンに立つお父様を思い出しながら「きくらげが入ってなかった?」「そんなに炒めていたかな…」など、ああでもないこうでもないと兄妹で作ったあんかけ塩ラーメン。

「なんとなくあの味を再現できた気がします。一緒に食べた母も『うん。お父さんの作った味に似ているね。なつかしいね』と言ってくれました。兄妹で一緒に料理をすることなど10年以上なかったのでそれも父は喜んでくれているかもしれません」と語る早紀さんです。

思い出の味を作り、食べながら…想うこと

誰の胸にも思い出の味があるもの。

そして、思い出の味を再現する際に思い浮かぶのは、大切な人の顔や、一緒に食べたときの団らんの様子、アドバイスをしてくれたときのこと。味を再現してみると、懐かしいというだけではなく「おいしいと言われてよろこんでくれたんだな」「だから一生懸命つくってくれたのだな」と当時の故人の思いもわかるような気持ちがします。

「ご先祖を供養しなければ」と思うとちょっと肩の荷が重くなったり、「何をすればよいのだろう」とピンとこなかったりする方もいるでしょう。けれども「供養」というのはもっと身近なことから始めてみてもいいのかもしれません。

思い出の味を作ってみる、食べる、故人を知っている人といっしょに食卓を囲い、故人を偲んで会話をする。そんなことも素敵な供養になるはず。日時も特にこだわらず、思い立ったときに実践してみてはいかがでしょうか。

(取材・文/宗像陽子)

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